MOTOKO History

“服は自分を輝かせる舞台である”

代々オーダーメードの家系に育った私。
母はたった一枚の紙と鉛筆で、お客さまの好きと似合うと未来をデザインする根っからの職人でした。

毎日がまるでファッションショーの舞台裏のような光景。

デザインが決まると生地選び、パターン、仮縫い、縫製、仕上げに至るまで、まさに無から有へ!
まさに!ファッションのシンデレラストーリー!

幼少期より目の前で服を着替えた女性の表情や目の輝き・発言などが変化していく様子を嫌という程見て育ちました。

やがて、導かれるようにファッションの世界へ入り、大学卒業後はアパレル会社の営業職に就くも、2年後に会社が突然の倒産。
お給料ももらえず、経営陣との連絡も取れないある日、退職金がわりに渡されたのが段ボール2箱分の在庫。

将来への不安と社会への不信、絶望の中、とにかくこの服を売ることで生計を立てていたある日、見慣れない番号からの着信。
たった一度お会いしただけの、ある方からのお電話で 私の人生が大きく変わることになる。

その方は世界中を飛び回るバイヤー。
私はすぐにその方に就き海外のアパレル市場を学ぶ。

そして24歳で独立。
バイヤーとして海外を飛び回ることになった。

実力も経験も人脈もない自分。
二回りも三回りも年上の経営者を相手に、簡単に取り合ってもらえるわけもない。

心無い言葉に悔し涙を流し、無知な自分がとことん嫌になった。
「まだ若いんだから」「もう少し経験を積んで」
時に厳しく、時に冷ややかな周りの言葉。

それでも笑顔を忘れなかった。
ファッションに対する感性と愛だけは誰にも負けない自信があった。

我武者羅に走りつづけた3年間。
気が付くと15店舗のショップ専属バイヤーとなっていた。

軌道に乗ってきた時に結婚そして出産。
やっとの思いで手に入れたバイヤーとしての実績もスキルも手放さなければならなかった。

もともと器用ではない私は毎日子育てに追われ、行動範囲は家・スーパー・公園というトライアングル生活。
30歳の時、鏡の中の自分を見て思った。
子供は何よりも愛おしい存在。
だけど私、“装う”ことを楽しめていない。
自分を生きていない・・・

子供たちに背中を見せられる母親になりたい。
もう一度、自分の世界観を取り戻したい!

妻・母としての思いを胸に復帰を決意。
仕事と家庭の両立に悩みながらも、徐々に自信と勘を取り戻していった。

その後自宅サロン(神戸北区)をOPEN。
販売だけでなくスタイリングも開始すると口コミで顧客が増え続け、遠方や海外からもお越しいただけるようになった。

数多くのお客様のスタイリングを手掛ける中で、新しい感情が芽生えてきた。

私の喜びはお洋服を選びコーディネートすることだけではない。
お洋服に袖を通す人に笑顔と自信を与えること。

私のところに来てくださる女性のステージがどんどん上がっていくのを目の当たりにした今、女性の望む生き方をファッションで表現・・・
いや実現したい!

そんな思いで現在は、西宮市・苦楽園にてアトリエを構え、前例のない全く新しいセレクトショップの形に挑戦!
ファッションで夢と希望を与えるブランディストとして活動している。

ご自身の事業や役割に対して夢や信念を持ちながらも、その輝きを外側に表現できていない女性リーダーたち。
いや、そもそも・・・
ご自分の本当の輝きに気づけていない女性も多い。

MOTOKOブランディングは、お客様が自分自身と真剣に向き合うところからスタートする。
その人の持つ本当の輝きを見つけだし「なりたい自分」を実現していくためのファッション。

─ 服は自分を輝かせる舞台である ─

私が大切にしてきた言葉。
ファッション一家で育ち、生まれる前からその使命を受けてきた。
「似合う」をお伝えするだけであれば私でなくてもできる。
しかし、なりたい自分を手にいれるためのファッションはブランディストのお役目だと腹を括っている。

ファッションで人生は変えられる

今後もファッションを通して、夢と希望を与える存在であり続けたい。
命の続く限り”装う”ことの楽しさと可能性を伝えたい。


EX ブランディスト MOTOKO